桜並木の下で
A real story from our community

私は高橋由紀。三十歳の図書館司書。春の午後、図書館の片隅で新刊の整理をしていると、一人の男性が戸惑いながら近づいてきた。
「すみません、村上春樹の新刊はどこにありますか?」
彼は三十代後半だろうか。落ち着いた雰囲気の、知的な面立ちをしていた。少し疲れたような表情が、なぜか私の心を引いた。
「新刊コーナーはこちらです」
私は彼を案内しながら、彼の選んだ本のタイトルを見た。「騎士団長殺し」。やはり、村上ファンなのだろう。
◆
その後も、彼は週に一度のペースで図書館を訪れるようになった。いつも文芸書のコーナーで、私たちは自然に会話を交わすようになった。
「今日は何をお探しですか?」
「いや、今日は特に…実は、君の顔を見に来たんだ」
突然の告白に、私は動揺した。でも、彼の真剣な眼差しを見て、胸が高鳴るのを感じた。
「私…まだ仕事中なので」
「ごめん、突然で。でも、もしよかったら、今度一緒に食事でもどうかな?」
◆
私たちは、駅前の小さなイタリアンレストランで初めてのデートをした。彼は佐々木健一さん。三十八歳の建築士だと言った。
「実は、君に初めて会った日、妻と別れて間もなかったんだ」
正直に話す彼に、私も自分の過去を打ち明けた。
「私も、三年前に婚約者に裏切られて…。だから、なかなか誰かを信じられなくて」
同じ傷を持つ者同士。だからこそ、互いの痛みがわかるのかもしれない。
◆
デートを重ねるごとに、私たちの距離は縮まっていった。ある日の夕暮れ、公園の桜並木を歩いていると、彼は突然立ち止まった。
「由紀さん、僕は君のことが…」
私は、彼の言葉を待たずに、そっと手を握った。温かくて、大きな手だった。
「私も、健一さんのことが好きよ」
桜の花びらが風に舞いながら、私たちの上に降ってきた。まるで、祝福のように。
◆
初めて彼の部屋を訪れた夜、私は緊張で体が硬くなっていた。
「本当に、いいの?」
何度も確認する彼に、私は小さく頷いた。長い間、誰かを好きになることに恐れていた私だけど、彼とならば大丈夫だと信じたかった。
彼の指が、私の髪を優しく梳いた。そして、額にそっとキスをする。
「大丈夫、焦らないで」
◆
彼の愛撫は、まるで大切な宝物を扱うように優しかった。一つ一つのボタンを外す手つきに、私の鼓動は高鳴るばかりだった。
「綺麗だよ、由紀」
恥ずかしさと喜びが入り混じる中、私の服が一つずつ脱がされていく。彼の視線が触れるたび、私の肌は熱を帯びた。
◆
彼の唇が、私の首筋を這う。震えるような快感が、体中を駆け巡る。
「ここは?」
耳元で囁きながら、彼の指が私の敏感な場所を探る。私は、自然に声を上げてしまった。
「あっ…そこは…」
「やっぱり、由紀の好きな場所だね」
彼は、私の反応を確かめるように、優しく何度も同じ場所を刺激した。私は、彼の腕の中で、初めての絶頂を迎えた。
◆
そして、ついに私たちは一つになった。
「由紀、愛してる」
彼の熱い言葉と共に、ゆっくりと私の中に入ってくる。少しの痛みはあったけれど、それ以上に心が満たされる感覚があった。
「健一さん…私も…愛してる」
私たちは、互いの体を求め合った。激しいというよりは、丁寧で優しい時間だった。長い間、誰かを信じることに恐れていた私が、今、誰かの腕の中で愛されている。
◆
朝、私は彼の腕の中で目覚めた。窓から差し込む朝日が、彼の寝顔を優しく照らしている。
「おはよう」
私の声に、彼はゆっくりと目を開けた。そして、優しく微笑んだ。
「おはよう、由紀。今日も、僕の隣にいてくれる?」
私は、彼の胸に顔をうずめた。彼の心臓の音が、とても安心していて、愛されているという実感があった。
◆
私たちの関係は、まだ誰にも言っていない。でも、図書館で目が合うたび、私たちだけの秘密の合図を交わしている。
今日も、私は司書として、利用者の方に優しく接する。でも、心の中には、いつも健一さんがいる。
そして、時々、本を探しに来る彼と、本棚の陰でこっそり手をつなぐ。誰にもわからない、私たちだけの秘密の時間。
桜の花びらが舞い散る季節。私は、初めて誰かを本当に愛することの幸せを知った。
「次は、いつ図書館に来てくれるの?」
私は、いつものように職業的な笑顔で尋ねる。でも、心の中で、もう一つ付け加えている。
そして、今夜も、あなたに会いに行きます




