あなたの声で、もう一度
A real story from our community

大学時代、私には忘れられない恋人がいた。演劇サークルに所属していた、一つ年上の和也先輩。彼の魅力は、何と言ってもその「声」だった。低く、甘く、そして、どこか切なさを感じさせる声。私は、その声に恋をした。
私たちは、卒業と同時に、すれ違いから別れてしまった。それから十年。私は、都内の出版社で編集者として働いていた。ある日、私は仕事で、あるオーディオブックの制作を担当することになった。そのナレーターとして、私の前に現れたのが、偶然にも、和也先輩だった。
彼は、今、人気の声優「神木和也」として活躍していた。十年ぶりに会った彼は、昔の面影を残しつつも、大人の男の色気を身にまとっていた。
「久しぶり。元気だったか?」
彼の声は、昔と少しも変わっていなかった。その声を聞いた瞬間、私の心臓は大きく跳ね、忘れていたはずの感情が、鮮やかに蘇ってきた。
スタジオでの収録は、私にとって、甘く、そして、少しだけ苦しい時間だった。彼が、ヘッドフォンの向こうで、官能的な恋愛小説を読み上げる。その声の一つ一つが、私の鼓膜を、そして、体の芯を、直接震わせるようだった。特に、登場人物が愛を交わすシーンでは、私は顔が熱くなり、彼の声をまともに聴いていることができなかった。
収録が終わった後、私たちは、十年という時間を埋めるように、たくさんの話をした。そして、自然な流れで、彼のマンションに行くことになった。
彼の部屋は、シンプルで、防音設備が整っていた。そこは、彼の「声」が生まれる場所だった。
「…あのさ、大学の時、俺たちが別れた理由、覚えてるか?」
彼が、不意にそう切り出した。
「…私が、先輩の夢を、応援できなかったから」
声優になるという彼の夢を、当時の私は、不安定な道だと決めつけ、反対してしまったのだ。
「…ごめんなさい」 「いや、いいんだ。俺も、子供だったから」
彼は、そう言って、私を優しく抱きしめた。そして、私の耳元で、囁いた。
「でも、今なら、君を、俺の声で、幸せにできるかもしれない」
彼の唇が、私の耳たぶに触れた。そして、彼は、あのオーディオブックの、最も官能的な一節を、私の耳元で、再現し始めた。
「『君の肌は、まるで月の光を浴びたシルクのようだ…』」
彼の声が、私の脳を直接刺激する。彼の言葉に合わせて、彼の指が、私の肌を撫でる。
「『この香りを、もっと、深く吸い込みたい…』」
彼の顔が、私の首筋にうずめられる。もう、私には、何が現実で、何が物語なのか、分からなくなっていた。
「『さあ、聞かせておくれ。君の、甘い声を…』」
彼の指が、私の秘密の場所に触れた瞬間、私は、今まで出したことのないような、高い声を上げた。
「かずや、さん…!」
その夜、私たちは、何度も体を重ねた。彼は、愛撫の合間に、私にだけ、特別な物語を囁いてくれた。彼の声に導かれ、私は、快感の波に、何度も飲み込まれていった。
彼の声は、十年前よりも、ずっと深く、そして、優しくなっていた。それは、彼が、声優として、たくさんの人生を演じてきたからなのかもしれない。
翌朝、私は、彼の腕の中で目覚めた。窓から差し込む朝日が、彼の寝顔を照らしている。
「…おはよう」
彼の、少し掠れた、朝の声。それが、今の私にとって、世界で一番、愛おしい音だった。
私たちは、もう一度、恋を始めた。今度は、彼の声を、誰よりも近くで、聴き続けるために。
今では、彼の収録スタジオが私の第二の仕事場になった。彼の声が生まれる瞬間に立ち会い、その魅力を言葉で表現するのが私の新たな使命だ。十年の時を経て、私たちはようやくお互いの夢を支え合える関係になった。
「今日の収録、すごく良かったよ」
スタジオを出る時、彼がそっと私の手を握った。その温もりと、彼の声が、私の日常を完璧なものにしてくれる




