彼の匂いに溺れて

A real story from our community

彼の匂いに溺れて

私の職場は、銀座の片隅にあるオーダーメイドの香水店「L'air du Temps」。調香師として、お客様一人一人の物語に合わせた、世界に一つだけの香りを作るのが私の仕事だ。

ある雨の日、一人の男性が店にやってきた。黒いロングコートに身を包み、どこか影のある雰囲気を持つ人。名前は、神崎玲一と名乗った。

「自分だけの香りが欲しいんです。誰の記憶にも残らないような、それでいて、忘れられない香りを」

矛盾した注文に、私は興味をそそられた。カウンセリングを始めると、彼は自分のことをほとんど語らなかった。ただ、彼から漂う微かな白檀の香りが、彼のミステリアスな魅力を一層引き立てていた。


私は彼のために、何種類もの香りを試作した。ベルガモットの爽やかさ、ジャスミンの甘さ、ムスクの官能性。彼は毎回、静かに香りを嗅ぐと、的確な批評をした。彼の感性は鋭く、私たちは香りの話をするうちに、次第に心を通わせていった。

「雨宮さんの作る香りは、物語がありますね。まるで、香りの奥に景色が見えるようだ」

彼にそう言われた時、私の胸は高鳴った。それは、調香師として最高の褒め言葉だったから。


最終的に、彼が選んだのは、スモーキーなウード(沈香)をベースに、微かなアイリスの香りを加えたものだった。それは、孤独と気品、そして奥深い官能性を感じさせる、彼自身を体現したような香りだった。

「素晴らしい。これにします」

彼が満足そうに微笑んだ時、私は寂しさを感じた。もう、彼がこの店に来ることはないのかもしれない。そう思うと、胸が締め付けられた。


その夜、私は残業をしていた。彼の香りの最終調整をしていると、店のドアが開いた。そこに立っていたのは、神崎さんだった。

「忘れ物をしました」

そう言って、彼は私に近づいてきた。彼の瞳は、昼間とは違う熱を帯びていた。

「あなたの香りも、忘れてはいけないと思って」

彼は私の手を取り、その手首に顔をうずめた。そこには、私が仕事で使っている様々な香料の匂いが混じり合って残っていた。

「…いい匂いだ」

彼の唇が、私の手首に触れた。その瞬間、私の体中に電流が走った。彼は私の体を抱き寄せると、深く、長いキスをした。彼の口から、あのウードの香りが流れ込んでくる。私の意識は、その香りに支配され、とろとろに溶けていくようだった。


私たちは、店の奥にある調香室で結ばれた。何百種類もの香料瓶が並ぶ、神聖な場所で。彼は、まるで貴重な香料を扱うかのように、私の体を丁寧に、そして情熱的に愛撫した。

「雨宮さん…あなたの匂い、もっと欲しい…」

彼は私の首筋に顔をうずめ、何度もその香りを吸い込んだ。彼の髪からは白檀の香り、彼の肌からはウードの香り。そして私の体からは、様々な花の香りが立ち上る。いくつもの香りが混じり合い、むせ返るような官能的な空間を作り出していた。


彼の指が、私の秘密の花園を探り当てる。もう、そこは蜜で溢れていた。彼の指がゆっくりと中に入ってくると、私は甘い声を上げた。

「神崎さん…だめ…」 「どうして?こんなに濡れているのに」

彼は私の耳元で囁き、私の最も感じやすい場所を的確に刺激した。香りと快感で、私の頭はもう正常な判断ができなかった。ただ、目の前の彼に、この身を委ねるしかない。

彼が、ついにその熱い楔を打ち込んできた時、私は天にも昇るような感覚に襲われた。香料瓶が、私たちの動きに合わせてカタカタと音を立てる。それは、私たちの情事を祝福する音楽のようだった。


私たちは、夜が明けるまで何度も体を重ねた。彼の匂いに溺れ、彼の腕の中で、私は何度も絶頂を迎えた。

翌朝、私たちは何事もなかったかのように別れた。彼は、完成した香水を受け取ると、静かに店を去っていった。

それ以来、彼が店に来ることはない。でも、街のどこかで、ふと、あのウードの香りがすると、私はあの夜のことを思い出す。私の体を駆け巡った、あの熱い痺れと、むせ返るような官能的な香りを。


ある日、郵便受けに小さな瓶が届いた。開けると、あの夜の私の香りがした——白檀、ウード、そして様々な花の香りが複雑に調合されている。瓶には小さなメモが添えてあった。

『君の香りを永遠に残した。玲一』

私はその瓶を胸に抱きしめた。たとえ二度と会えなくても、彼が私の香りを覚えていてくれた——それだけで、この恋は永遠に私の中で生き続けるだろう

Recommended for you