レンタル彼氏との契約

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レンタル彼氏との契約

「姉さん、今度の法事には彼氏を連れてきなさいよ」

母の電話に深いため息が漏れた。三十五歳、キャリアは順調だが独身。親戚の集まりではいつも同情の視線にさらされる。もう詮索されるのはごめんだった。


藁にもすがる思いで「レンタル彼氏」を検索した。サイトには爽やかな男性が多数登録されている中、一人だけ落ち着いた雰囲気の男性が目に留まった。橘慶太、38歳。プロフィールには「あらゆる状況に対応。理想の彼氏を演じます」とあった。

契約はあっさり成立。時給五千円、交通費別。カフェで打ち合わせをすると、彼は柔らかな物腰で私の話を熱心にメモ。プロの仕事ぶりに感心した。


法事当日、慶太の演技は完璧だった。親戚全員に愛想よく振る舞い「いつも頑張っている自慢の恋人です」と紹介する。母は涙ぐんで私の肩を叩いた。その光景を見て胸が痛んだ。全てが偽りの演技なのに。

法事が終わり、報酬を渡すと彼はほっとした表情で言った。

「お役に立てて光栄です。ご家族、温かい方々ですね」

その言葉に涙が込み上げた。彼が演じたのは、私がずっと憧れていた幸せな光景そのものだった。


「よろしければ……食事でもいかがですか?お礼として」

自然に口をついた言葉に、彼は驚きつつも優しく微笑んだ。

和食屋で仕事モードを解いた彼は、穏やかで寡黙な本来の姿を見せた。互いの仕事や人生観を語り合う中で、彼が呟いた。

「色んな人生を垣間見られるのが、この仕事の魅力です。自分の人生が退屈で」

寂しげな横顔に気づいた。私たちは共に何かを演じ、心の隙間を埋めようとしているのだ。


彼の部屋では自然に流れが変わり「仕事を延長しますか?」と悪戯っぽく笑う彼に、私は答えた。

「今夜はレンタル彼氏の橘慶太さんじゃなく、ただの慶太さんに会いたい」

彼は一瞬驚き、本物の温もりで私を抱きしめた。その口づけには契約書にない情熱が込められていた。

互いの孤独を埋めるように身体を重ねた時、初めて偽らない自分を見せられた気がした。明日には依頼主と業者に戻るかもしれない。それでも今この瞬間、愛し愛されている実感が、レンタルから始まった恋がいつか本物になることを静かに願わせる

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