喫茶店の旋律
A real story from our community
毎朝通う『ブルーノート』喫茶店の癒しは、ピアニスト・ケイジの演奏だった。彼が奏でるジャズの調べは、深煎りコーヒーの香りと共に、一日の始まりを優雅に彩ってくれる。
ある梅雨の朝、勇気を出して声をかけた。
「今日の『Fly Me to the Moon』、素敵でした」
「ありがとう。君はいつも真剣に聴いてくれるね」
彼の笑顔に心臓が高鳴った。それから毎日、短い会話を交わすようになった。音楽談義から始まり、次第に人生観や夢について深く語り合うように。
一ヶ月後、彼が閉店後の特別な誘いをくれた。夜の10時、店のドアを開けると、客席には誰もいない。ステージのピアノの前に立つケイジが微笑んだ。
「君だけのための演奏会だ」
『My Romance』が流れ始めた。暗がりに浮かぶ彼のシルエット、鍵盤を撫でる長い指。客席に響くのはピアノの音色だけではない。彼の息遣い、ペダルのきしみ、そして私たちの間に流れる緊張感。
演奏後、彼は私の前に立った。
「この曲は...君に捧げるものだ」
その言葉に押されるように、私は立ち上がり彼に近づいた。ピアノの蓋に手をつき、私たちの距離は自然に縮まった。コーヒーと革の香りの中で交わした最初のキスは、彼の演奏のように優雅で深いリズムを刻んでいた。
以来、閉店後の秘密の演奏会は私たちの日常となった。彼は私のために曲を作り、私はその曲に詩を添えた。音楽と言葉で紡ぐ恋は、人生に新しいハーモニーをもたらしてくれた。
ある夜、演奏後、彼が真剣な眼差しで言った。
「一緒にステージに立たないか？君の詩を、私の音楽で」
その提案に胸が熱くなった。私たちの共同制作が、この小さな喫茶店を飛び出して、もっと大きな舞台で響き渡るかもしれない。
今、私たちは新たな曲の構想を練っている。彼のピアノと私の言葉が融合した時、どんなメロディが生まれるのだろう。喫茶店の片隅で始まった恋が、人生全体を変えるほどの力を持つとは、夢にも思わなかった
